スペインで迎えるサンティアゴ巡礼の3日目。休息日を取らなかったが、前日に歩いた距離は 20㎞ 未満だったので、それほど疲労は蓄積されず。スペインに入ってからの巡礼路は顔見知りの巡礼者が増えると共に、巡礼者の数そのものも日に日に増している。若干、その賑やかな雰囲気に馴染めていないが、次なる目的地のヴィーゴを目指す。
時差を失念、暗闇の中の巡礼スタート

巡礼宿のシングルルームに宿泊したので、他の巡礼者に邪魔されることなく、この日も熟睡。午前5時にセットした目覚ましも、気兼ねすることなくスヌーズにして2度寝を味わう。
部屋で贅沢品のカナリア諸島産のバナナを食べて身支度。6時前に宿を後にすると、辺りは真っ暗。前日は、午前8時過ぎに巡礼をスタートさせたので、出発時には日が昇り外は明るかった。
低血圧の朝の脳はあまり機能していないが、スペインとポルトガルの間の1時間の時差を失念していたことに気付く。スペインの午前6時はポルトガルの午前5時。ポルトガルでは6時くらいに夜が明け始めるので、巡礼の出発に適した時間、つまり、それはスペインでは午前7時。
宿に戻って待機するのも時間の無駄に思えたので、この1時間ほどは “夜道” を歩くことになる。以前に出会ったイタリア人巡礼者はいつも午前4時台に出発していた。こんな暗闇の中を歩いていたのかと、その彼を思い出した。

薄暗い不気味な雰囲気の中でのスタートとなってしまったが、幸い街灯のある村の中を進んでいくので、少し不安が解消された。唯一、歩道橋か山道かの選択を迫られる場面があったが、巡礼地図アプリでは両方の道を示しているので、暗黒に見える山道は避けて、一般道に架かる歩道橋を進む。
1時間ほど歩くと夜が明けて空に明るさが広がる。しかし、この日は曇り空。おまけに霧がかかる。

その湿度のせいだろうか、気温は低いのに汗ばむ。霧が雨のしずくのように体を濡らすが、ポンチョを着る気分にはなれず、バックパックだけにレインカバーをかける。

この辺りでも高床式貯蔵庫のオレオがいくつかの家の敷地に残されている。ポルトガルで散見したのとは異なり、十字架がトップに装飾されていたり、正面にデザインが施されたりしている。これはもしや倉庫以外の用途なのか。散歩しいていたおじさんに尋ねると、食料貯蔵庫として使用されていたという。
十字架があったので、亡骸を保管する目的もあるのかと思ったと言うと、おじさん思わず失笑。お墓はきちんと別の場所にあるという。
おじさんに別れを告げると、進むべき先は上り坂。ググってみても近くに休憩できそうなカフェはなし。仕方なくバス停のベンチで一服。
サンティアゴ・デ・コンポステーラまでカウントダウン開始
ふと視線を看板にやると、最終目的地サンティアゴ・デ・コンポステーラまで115 ㎞ の表示。1日 20㎞ ~ 25km 歩いたとして、残りは5日ほど。ようやくカウントダウンがスタート。

巡礼路は山の中へと続き、ユーカリのような香りが漂い、森林浴を楽しむ。出発が早かったせいか、ここまで1人も他の巡礼者には遭遇せず、静かに巡礼路を進めるのは素晴らしい。
山の中の巡礼路は、何度か分岐点を迎え、目印の矢印と地図アプリを何度も慎重にチェック。この薄暗い山の中を彷徨うのは避けたい。ふと、人生で同じように選択肢が複数あり、どちらかを選ばないといけない局面を想像する。矢印もなければ、選択肢ごとに異なる未来の姿を示してくれるアプリのようなものもない。
自分自身が正しい、あるいは進みたいと信じる “道” を進むしかない。その先に待ち受けているのがどんな人生かも知る由もないままに。
そう考えると、このサンティアゴ巡礼は、すでに最終目的地に導かれている時点で、迷わない限りは、歩くというフィジカルのつらさはあっても、それほどの無理難題ではないように思えてきた。巡礼が終盤を向かえるにあたり、また1つ境地を開く。
フォークが突き刺されたクロワッサン
出発してから2時間ほど、そろそろカフェで休憩したい時間だが、携帯でチェックしても最寄りのカフェまで後1時間ほどかかる。肌寒さを感じる気候の中、体を温めるカプチーノを飲むイメージをして、この1時間の道のりを乗り切る。巡礼路は山道から市街地へと切り替わり、ようやくカフェに到着。
スペインでは珍しくカード払いができないカフェで、店内は他の巡礼者はおらず、地元客のみのローカルな雰囲気が漂う。チョコレート系のパンを体が求めていたが、カフェにあったのはクロワッサンのみ。

カプチーノと一緒に準備ができたら席まで運んできてくれるという。席で待っていると、運ばれて来たクロワッサンは、「ぶすッ」と音がしそうなくらい、フォークが突き刺された状態。
日本では無礼に当たる行為でも、所変われば、何でもない光景に。一瞬いやがらせかとも思ったが、周りを見渡すと、他の地元客のパンにもフォークが突き刺さっている。
カフェでカプチーノを飲みながら、この日の残りの距離をチェック。あと2時間ほどの道のりだが、出発が早かった分、午前11時過ぎについてしまう。巡礼宿のチェックインは午後1時からなので、あまり先を急いでも仕方ない。ここはしばし、カフェで休憩。
大きなバックパックを置いたアジア人の存在は、地元客しかいないカフェでは否応なしに目立つ。しかし、言葉の壁を警戒してか、興味そうに視線がぶつかるも、それ以上は何も起きない。
地元客の世間話に耳を澄ませると、お悩みは万国共通。上司の悪口や仕事が見つからない等々の不満。支払いを済ませて、出発しようと空模様をチェックしていると、カフェにいたおじさんが、いつもは晴れ間の広がる街だが、この日は珍しく曇り空と嘆く。さらに、この先の巡礼路は工業地帯を通って陳腐な風景なので、ルートから一旦離れて、海沿いの道を歩くことを提案される。その道は、再び巡礼路と交わるので心配ないという。
海沿いを歩けた方がいいが、問題はその後に巡礼路にどのように戻るか。すると、別のおじさんも便乗して、そのルートの方が断然いいと太鼓判を押す。カフェから海までの道を熱心に説明してくれるが、通りの名前をいくつ言われても、全く覚えられない。とにかく、左手に下っていけばよいだろう。
この日の最中目的地のヴィーゴまでは、海を左手にして直進していけば、そのうちたどり着けそうな、シンプルな道順。
デンマーク人との再会

おじさんに教えられた通り、海まで下っていく。何度もグーグルマップをチェックしながら、ようやく海沿いに。この道にも黄色い巡礼の矢印がいくつか記されていいたので、このまま進んでもヴィーゴの街までたどり着ける確信を得る。
潮風と波の音に耳を傾けながら、リラックスモードで歩き始める。時折、他の巡礼者の姿も目に付いたが、数えるほどだったので、目障りにはならず。
すると背後から「Hey !!!」と大きな声で呼び止められる。顔は全く覚えていなかったが、その腕を激しく振り、競歩のようなスピードで歩く姿から、前日に見かけた巡礼者であることを思い出した。
デンマーク人の彼女は、どうやら道に迷ったようで、助けを求めている。この日はヴィーゴから先の街を目指している模様。アプリを見せられ、使い方がよく分からないという。
同じアプリを使っていたので、アプリ内で地図の表示の仕方を伝授。すると、すべての疑問が解決したようで笑みがこぼれる。一件落着でおさらばと思いきや、ちょっと不安だから一緒に歩いていい?と尋ねられる。
まさかあんな競歩みたいなペースで一緒に歩けるわけはない!正直に、前日も追い抜かされたように、ペースが違い過ぎると思うと伝えると、急いでいないからゆっくりでも大丈夫…という彼女。間接的な「No」の暗示は通用しなかった。
後で振り返ってみても、巡礼中は、他のほとんどの巡礼者を追い抜かす格好となったが、反対に追い抜かされたのは2人。そのうちの1人はこの彼女、そしてもう1人は20代後半くらいの青年。いずれもデンマーク人。
北欧だけあって、身長も高いが、なにせ、この2人の歩くスピードは競歩並みと言っても大袈裟ではない。腕の振りが他の巡礼者とは全く違う。
ひょんなことから、一緒に歩くことになったデンマーク人のおばさん。これが2度目のサンティアゴ巡礼のようで、1回目の挑戦が終わった後、それを記念して初めてタトゥーを入れたという。腕には、前回のサンティアゴ巡礼の年が刻まれており、ここに2025の数字を加えるの!と嬉しそうに説明してくれた。
海沿いを一緒に歩いていると、さきほどカフェでこの道を教えてくれたおじさんと再会。世界は狭い。おすすめしたようにこの道を歩いていたのか。いい道だろ?とおじさんは誇らしげだった。
時折、歩いているスピードは大丈夫か。遅過ぎたら先に行ってくれて構わないと伝えたが、結局ヴィーゴの街までこのデンマーク人と一緒に歩くことになった。
スペイン・スイーツ Fozquitoとの出会い
海沿いの道から港湾地域に入り、一直線を進むとヴィーゴの街に到着。ここでデンマーク人の巡礼者とお別れ。彼女はこの日、この地点から13km も先の場所まで目指すという。あと3時間くらいも歩くのか。
別れを告げた後、いつものように激しい腕の振りが戻り、競歩のように前進していく姿を見届けて、きっと問題なく目的地まで到着するだろうなと直感。
この日の巡礼宿・Albergue de peregrinos de Vigo が見当たらない。同じくバックパックを背負ったフランス人巡礼者のおばさんと一緒に探すも、見つからない。仕方なく、近くのレストランの従業員に尋ねると、すぐそばの入り口を指さして教えてくれた。

灯台下暗しの状況にフランス人巡礼者と一緒に大笑い。チェクインは午後1時からで、敷地内に荷物も置かせてもらえず、入り口の扉も閉め切られている。ひとまず、靴を脱いでサンダルに履き替える。これだけでも、解放された気分になる。
フランス人巡礼者に荷物の見張りをお願いする。スペイン語・英語が通じなかったので、つたないフランス語で説明。なんとか通じた模様。
すぐそばのカフェで休憩。この日は道中で休憩したカフェでチョコレート系のスイーツが食べられなかったので、ここでリベンジ。

ショーケースにはチョコレートのスイーツが並び、テンションが上がる。円形状にチョコレートがコーティングされたものは、初めて見たが、店員さんは Fozquito というスペイン伝統のお菓子であると教えてくれた。ガルシア地方のみならず、スペイン全土でよく食べられるという。
日本で売られているロッテのチョコレートパイにも似たような印象。迷わず注文。

ナイフを入れてみると、中身もチョコレートパイに似ているではないか。これは味は間違いない。期待を裏切らない満足度に、もう1個食べるか迷ったほど。しかし、このカフェのテラス席、鳩がテーブルの上に乗ってきて、食べ物を突こうとするので、早々に退散。
宿の前に戻ると20人以上の巡礼者がチェックイン待ちの状態。巡礼宿の関係者は、2025年は前年と比較すると巡礼者の数は少ないというが、それでもこれほどの人が宿の前に待っている。その多くは、同じルートを歩いてきたので、ほとんど顔見知り。
午後1時になり、宿の扉開いてチェクイン手続き開始。受け付けには2人、しかし見習いなのか、1人の作業をもう別の従業員が指導している。携帯で身分証明書をスキャンしているので、さっさと手続きが進むかと思いきや、1人の巡礼者のチェックインに5分以上かかっている。20人以上の巡礼者全員のチェックインが終わるのは2時間近くかかりそう。
幸い、3番目に順番が回ってきたので、さっさとチェックイン手続きを済ませて部屋に。

10ユーロ(=約1,700円)にしては、設備はきれいに整備されているが、いかんせん1部屋に20人以上が寝る大部屋。出入り口付近を避けて、奥の下の段のベッドを確保。
巡礼者が続々とチェックインして来る前に、巡礼後のルーティーンのシャワーと洗濯をさっさと済ませる。

昼食の為に宿の外に。まだチェクインの列は続いている。早めに手続きができてラッキー。2日前にポルトモルガスで一緒だったスペイン人のカルロスとも再会。
巡礼旅グルメ・ボリューム部門にノミネートのランチ

前日はグーグルの評価があまり参考にならなかったので、この日はレストランが集まっている場所だけ調べて、雰囲気を見てから決めよう。
歩いていると、ランチメニューの看板がレストランの前に立っている。12ユーロ!スペインでこの値段はかなり破格。一瞬、ポルトガルに逆戻りしたかと錯覚したくらい。
グーグルリサーチでは表示されなかったが、店内は賑わっているので、間違いないだろう。
入店するや、作業着姿の地元の人が90%を占める完全なアウェー。こういう場所も旅でなければ来ることもないので、完全な場違いを楽しむべくテーブルに着席。
いかつい店員さんんだったが、スペイン語で話しかけるとすぐに打ち解けてくれ、ランチメニューを丁寧に説明してくれた。

料理が運ばれて来る前に、まずはワイン。しかも、ボトル1本!これが12ユーロに含まれているのか?まさか…。そうでないとしても、ハウスワインなので値段は知れているだろう。ビビるなと自分に言い聞かせる。
昼からワインを味わえる幸せに浸る。

前菜のサラダは、ポテトサラダのような一品で、かなりのボリューム。これだけでかなりお腹が膨れる。ワインで満腹中枢を少し麻痺させて、胃にスペースを空ける。

メインの魚のフライは、前日の仕入れの残り物の魚たちの鮮度が落ちたのを誤魔化すため、フライにしているのかと思いきや、この日の朝に市場で仕入れてきた魚たちという。実際に、食べてみると、臭みは全くなく、冷凍されたような味もなし。レモンが引き立つ新鮮な味わい。フライドポテトも付いていたので、さすがにもうこれだけで満腹。

食後のコーヒーを注文すると、デザートも食べて行けよと言われる。メニューにはコーヒーかデザートを選ぶようになっていたと記憶していたが、これはワインに続き別料金を請求されるのだろうか。そうだとしても、たかがしれているはずだ。ビビるな。

甘いのは好き?と聞かれ、目がないと返答すると、迷わずプリンにたっぷりとホイップクリームをかけ回す。昭和に通じるレトロなデザート。
さすがにこれだけ食べて、ワインボトル1本を開けたので、気になるお会計は、12ユーロのみ。まじか。カード払いもできて文句なし。
味は正直驚くほどの衝撃は受けなかったが、家庭料理の延長といった印象。しかし、そのボリュームとリーズナブルな価格は、巡礼旅グルメの記憶の中に刻まれる。
これだけ食べて飲んだので、宿まで歩いて帰るのがやっと。少し宿で休む。

宿はこれまでで一番の巡礼者の数。カルロスは、サンティアゴ巡礼は最低100km 歩かないと巡礼をしたことにはならないので、丁度このあたりがその100㎞ 前後のポイントということで、これからもっと巡礼者が増えるという。
こうも人が多いと、静かに過ごしたい思いが増して、他の巡礼者と交流をする意欲が失せていく。それでも、2日前に同じ宿にいたアルゼンチン人の巡礼者と再会したので、久しぶりにキャッチアップ。足の状態が思わしくなく、電車を使ってこの町まで来たという。巡礼者それぞれにドラマがあるのだ。

おしゃべりが済んだら、少し街に繰り出す。ヴューゴは予想していた以上に大都会で、歴史ある建造物が多く残っており、中心の通りは、マドリッドやバルセロナに引けを取らないのではとも思うくらい。
巡礼旅は歩き疲れているせいか、旅ハイで物欲にスイッチが入ることもない。巡礼中は、これほどの人混みは見かけないので、その賑やかさを味わって、宿に戻る。

さすがにあれだけの量のランチを食べたので夕食は不要。まだ、辺りは明るいが、次々と巡礼者が眠りに就き始める。これだけの大所帯のドミトリー部屋。いびきの合唱が始まる前に寝た者勝ちだ。

