約1ヶ月前にポルトガルの首都リスボンを出発したサンティアゴ巡礼もいよいよクライマックス。猛暑や遭難の危機、足のコンディションなど、この日を迎えられないかもしれないとさえ思ったピンチを何とか潜り抜け、最終日はイリア フラヴィアからサンティアゴ・デ・コンポステーラまでの最後の23.4km の道のりに挑む。
悪夢にうなされ快眠ならず

巡礼宿のドミトリーに一人で宿泊というこの上ない贅沢な空間だったはずが、夜中にまさかの仕事に関連する悪夢にうなされ、目覚ましより先に起きてしまう。仕事の電話やメールから解放されて1ヶ月近くの月日が経つのに、なぜ突然、夢の中で仕事のことを考えていたのだろう。
前夜に、宿のオーナーの娘さんに、午前6時に朝食を依頼したが、巡礼宿、バー、オーナーの家が一体となっている建物は静まり返り、他に誰かが起きている気配がない。仕方なく、フルーツとヨーグルトで朝食を済ませる。
早朝に出発したいところだが、バーの入り口どころか、巡礼宿からバーに通じる扉も鍵がかかっている状態。唯一の出口は、巡礼宿側に設置された非常口。扉を開けると、アラームが鳴るのではとも危惧したが、特に異常を知らせるシグナルもなく、そのまま外へ脱出して、サンティアゴ・デ・コンポステーラまでの最後の巡礼路をスタートさせる。
巡礼旅の最終日というのに、空模様は歓迎ムードとはいかず、どんより曇り空。そのせいか、明け方は町がより一層暗い雰囲気を醸し出す。歩き出すと、黒い猫が行く手に現れる。前日の野生のイノシシよりはマシだが、朝から黒い猫とは、なにか不吉なことが起きる予兆なのだろうか。無事にサンティアゴ・デ・コンポステーラまでたどり着けるように祈るのみ。

スタートから1時間ほどは、イリア フラヴィアからのスタートだったせいか、あるいは、単純に早朝だったからか、他の巡礼者の姿は見かけず、静かな環境の中で、歩き始めることができた。夜が明けて、辺りが明るくなるにつれて、巡礼者の姿もポツポツと現れ始める。
順調に行けば、この日は最終日。先を行く他の巡礼者に追いつけ追い越せ精神は置いて、最後の巡礼の時間を味わうように一歩一歩進んで行く。
長袖のシャツが丁度快適な気温だが、湿度のせいだろう、汗ばんでいる。体は温かいのに、手の指先は冷たいままの状態。一刻も早くカフェでコーヒーのカップを包み込むように持って、手を温めたい。
A Piacaraña の町に到着すると、巡礼者向けのカフェが道沿いに。ほとんどの客は巡礼者で、何名か顔見知りの巡礼者を見かける。まだ、午前中というのに、ビールで休憩をする巡礼者の姿もあり、最終盤の巡礼路は、すでにお祭りモード。

チョコレート系のパンはなく、クロワッサンとコーヒー。4.3ユーロ(=約730円)とちょっぴり観光地価格。サンティアゴ・デ・コンポステーラの近くまで到達すると、カフェの客の大半は巡礼者となってしまうので、コーヒーを飲んだらさっさとその場から去りたくなる。

空模様はパッとしないが、山道に入ると、木漏れ日が差し込む。巡礼を通して、こうした自然の中を毎日歩くことができたのも、疲労の蓄積は否めないが、心身のリフレッシュに繋がった。
視線の先には、巡礼旅で追い抜かされた2人のうちの1人、デンマーク人の青年の姿。この日はペースが芳しくないようだ。足のコンディションがよくないのだろうか。

目印となる石塔には、サンティアゴ・デ・コンポステーラまでの残りの距離は 10㎞ を切り、いよいよ1桁に突入。この数字を見て、体が軽くなるかと期待したが、反対にどっと疲れが押し寄せる。
巡礼の最後のカフェ休憩

サンティアゴ・デ・コンポステーラまで残りの距離が10㎞ を切ったが、約1カ月の疲労が蓄積しているせいか、ノンストップでゴールにたどり着けそうにもない。手前のO Milladorio 町で、公共施設の中にカフェを発見。巡礼者の姿は見当たらず、完全にローカルな場所。
最後のカフェ休憩と称して、チョコレートマフィンとコルタードを頂く。
巡礼中のカフェ休憩は、文字通り体を休める目的以外にも、携帯を充電させてもらったり、猛暑の時期にはネッククーラーを冷蔵庫で冷やしてもらったり、トイレも借り、地元の人との交流と、かけがえのない時間だった。
出費としては、毎日のカフェ休憩は巡礼中は贅沢だったかもしれないが、休憩以上に得られるものの方が大きく、巡礼中のカフェでの朝の休憩は大切なルーティーンで、巡礼後に恋しくなる時間の1つになるだろう。
予想外の巡礼者の数?祝日前の閑散期?
ここまで日に日に巡礼者の数が増していくのに嫌気がさしていたが、この日は、サンティアゴ・デ・コンポステーラまでの最後の道のりというのに、予想に反して巡礼者の数はそれほど多くない。
前日までの大人数の巡礼者はいづこへ。同じ週には、スペインは聖ヤコブの祝日が控えており、この日の前後の混雑は、ピークに達するせいだろうか。嵐の前の静けさかもしれない。
実際、この日にサンティアゴ・デ・コンポステーラで宿泊する巡礼宿は、この祝日の前後は満室となっており、予約が取れない状態。この祝日前に、巡礼旅を終わらせて、さっさとサンティアゴ・デ・コンポステーラから脱出しなければならない。

サンティアゴ・デ・コンポステーラの街に入ると、大聖堂までの残りの距離は 2.6km ほど。20数年前、大学生の頃にこの街を訪れたことがあるが、その記憶が全く蘇ってこない。大聖堂はさすがに記憶に残っているが、それ以外の街並みとなると、忘却の彼方。
最後の市街地を歩く道のりは、ラストスパートが効かないくらい、体が重く感じる。

ようやく中心部に入ると、小さな路地に夏のピークシーズンの観光客の数。視線の先には大聖堂は見えず、大きなバックパックを背負って、観光客の群れをかき分けながら突き進む。

午後12時15分、出発から28日目にして、ようやくサンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂に到着!長い、長い巡礼が終わりを告げる。大聖堂の姿が目に入ると、大学生の頃の記憶がフラッシュバックしたのと同時に、今回は、1カ月近く歩いてきたので、大聖堂そのものの美しさや壮大さに加え、ここまの道のりがその景色にさらなる価値を付け加えて、感動もひとしお。
空模様はあいにくのどんよりした曇空で、大聖堂は写真映えしないが、写真よりも、ここまで歩いてたどり着いたことに意味があるのだ。

巡礼を甘くみていた最初の頃は、足のマメや靴連れに悩まされ、さらにヨーロッパを襲った熱波による猛暑の中、熱中症と闘いながらの巡礼、遭難のピンチで恐怖を味わったこと、素敵な仲間に出会えたこと等々、様々なことが思い出され、感極まる。
一人旅の宿命、感動を共有する仲間がいない!
その感動を一人だけでなく、誰かと一緒に共有して喜びを2倍、3倍にもしたいところだが、一人旅の宿命、この感動を共有する仲間がいないことに気が付く。特に、巡礼の終盤は、あまりの巡礼者の数に、他の人を避けるように巡礼を続けていたせいもあり、ゴールの瞬間は、文字通りぼっち状態。
しばらくして、大聖堂の前の広場で、あの競歩並みのスピードのデンマーク人と会い、互に祝福の言葉をかけたが、それ以外は、顔見知りの人は見かけず。
よって長時間、その感動に浸ることはなく、宿のチェックインまで時間がまだあったので、巡礼者のレセプション事務所へ。
数日前にブリアージョスで出会ったフランス人の巡礼者に教えてもらった通り、事前にオンラインで巡礼の情報を登録済。あとは、事務所に出向いて証明書を発行してもらうのみ。

事務所内には、同じように巡礼をしていた人がこれほどもいたのかという数の巡礼者。ポルトガルのルートはマイナーでも、スペイン各地や人気のフランスのルートから巡礼者が到着してくると考えれば当然か。


巡礼証明書の発行は無料。しかし、その証明書が折れ曲がったり、汚れたりしないように保管して持って帰るのは至難の業。事務所の売店には賞状筒が販売されてり、5ユーロ(=約850円) 証明書は無料だが、綺麗な状態で持ち帰るにはお金は必要というオチ。


巡礼手帳(クレデンシャル)に最後のスタンプを押してもらい、無事に28日間、634km に及ぶ巡礼が終了。特別な才能や能力がなくても、毎日コツコツと取り組めば、目標を達成できるという成功体験をまた1つ積むことができたのも、巡礼旅の大きな収穫。
チェクインの時間が近づき、最後の巡礼宿に。巡礼宿の多くは連泊を認めていないが、このサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼宿は最終目的地ということもあり、連泊が可能。よって翌日を休息日とするため、2連泊。サンティアゴ・デ・コンポステーラには巡礼宿の選択肢は他の場所と比較すると多い中、中心地からの距離、清潔さを重視して Mundoalbergue を選択。事前にワッツアップ経由で予約の手続きを済ませておいた。

チェックインしたタイミングが良かったのか、巡礼宿のドミトリーの中で、2段ベッドではなく、窓際のシングルベッドを割り当ててくれた。丁度同じ時間にチェックインしたスペイン人のペドロとのおしゃべりが始まり、互いの巡礼の成功を祝い合う。
そのまま、一緒にお昼を食べに行くことに。大聖堂に到着した際は、感動を分かち合う相手がいなかったが、盃を交わしながら巡礼の終了を共に祝う。
ペドロは事前にサンティアゴ・デ・コンポステーラのおススメのレストランを前の日に泊まった巡礼宿のオーナーに教えてもらったということで、そこに向かうも休業日。ついていない。
朝一で見た黒い猫を思い出し、運に見放されたと感じる。しかし、サンティアゴ・デ・コンポステーラは都会の観光地。星の数ほどレストランはある。近くのレストランで気を取り直してランチ。

ワインで乾杯しながら、ガルシア地方の名物・タコ料理を一緒に味わう。スペインのアルメリア地方在住のペドロにとって、ガルシアのタコ料理は特別なようで、一緒に舌鼓を打ちながら、ワインが進む。
中学校の体育の教師というペドロは、夏休みを利用して人生で初めてサンティアゴ巡礼に挑戦し、2週間ほど巡礼路を歩いてきたという。1時間程前に、巡礼宿の受け付けで出会ったばかりなのに、「巡礼達成」という共通の高揚感を共有しているせいか、巡礼以外の話題でも盛り上がり、それぞれの人生など色々な話を交わし、ランチタイムが終わる頃にお開き。
巡礼証明書を取りに向かうというペドロと別れ、携帯をチェックすると、巡礼中に唯一、数日間一緒に歩いたスペイン人からワッツアップにメッセージが届き、同じようにサンティアゴ・デ・コンポステーラに到着したという。
その感動を分かち合うために、大聖堂近くのカフェで合流。久しぶりの再会を喜ぶと同時に、互いの巡礼達成を祝う。途中で別々の道を選択してからは、巡礼者の数も増え、それまでの巡礼の雰囲気とは一変して、商業的にもなって…等々、一緒に巡礼で過ごした5日間ほどの道のりが、素晴らしい時間だったかを改めて気づかされた。
巡礼から解放されて楽しむナイトライフ

巡礼が終わった今、翌日から早起きを気にすることも不要。疲れを残さないために早寝をする必要もない。巡礼友達と、その連れの巡礼者の人たちと久しぶりに夜を楽しむ。
聖ヤコブの祝日を控えたサンティアゴ・デ・コンポステーラでは、コンサートが連日開催されており、この日は「SES」という歌手が登場。大聖堂の裏にある広場で、音楽が響く。
街に到着した時は曇り空だったが、いつの間にか空は晴れ渡り、巡礼の達成を祝うかのように、明るい雰囲気に。
コンサートは2時間ほど続き、その間に、初めて会った巡礼者の人も含めて、翌日のことを気にせずビールを飲みながら語らい合う。

気が付けば、コンサートが終わり、辺りはすっかり暗くなったが、今度は大聖堂の正面側の広場で、コンサートまではいかないが、オーケストラによる音楽の演奏を楽しむ。巡礼中は休息日も含めえて、ナイトライフを楽しむことはなかったので、最終日に心行くまで楽しむ。
酔いも回り、宿まで帰るのがやっとだったが、翌日からはもう早起きも数時間に渡る徒歩での移動も控えていない。何も気にせずに朝を迎えられる幸せを噛みしめて、サンティアゴ巡礼達成の夜が終わりを告げる。
