リスボンからスタートしたサンティアゴ巡礼はいよいよポルトガルに別れを告げてスペインに入国。この日からは、最終目的地・サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指して、スペイン国土を歩き始める。
ポルトガル語からスペイン語への言葉の切り替え、コーヒー1杯から感じるポルトガルとスペイン両国の物価の違いに戸惑いながら、スペインでの初日の巡礼の話。
誘惑の客引き
駄目だ、巡礼旅3週間目に突入し、ドミトリーで熟睡できなくなってきている。前夜も夜12時にトイレに目が覚め、次は午前4時に体が起きてしまう。せっかくこの日は、朝一のスペインに渡るボートが7時30分出発なので、ゆっくり休めると思ったのに、熟睡できず。
午前5時30分には、ぞろぞろと雑魚寝の巡礼者たちが起き出し、物音が響く。6時20分までベッドでダラダラして起きると、見知らぬおじさんが巡礼宿の中でフェリーの呼び込みをしている。
前日に予約した Xacobeo Transfer とは異なる会社のロゴが入ったポロシャツを着ているおじさん。よって相手にせず。しかし、このおじさんは、自分の会社のフェリーが唯一、スペインに渡る手段と強調し、巡礼者の不安を煽る。国境沿いでのこうした手の業者には細心の注意が必要。
下手をすれば、乗せられたボートの上で高額な料金を請求されるか、最悪、人身売買の被害に遭う可能性さえあるのだ。よって、このおじさんの言う事には耳も傾けず、朝食。
宿のキッチンのテーブルは満員御礼。珍しい光景だが、チェックアウト時間が7時~8時15分までなので、皆、朝早くから身支度に忙しい。
パンに前日取り分けておいた野菜を挟んでサンドウィッチ、フルーツにヨーグルトと申し分ない朝ごはんを済ませる。
宿を後にすると、別のおじさんからスペインにどうやって行くのか?フェリーは運行していないので、このバンで連れていってあげると言われる。それほど怪しい感じはしなかったが、すでにフェリーのチケットを予約していたので、スルー。
前日にチェックしたボート乗り場に向かうも、何かが起きる気配はなく、海の静けさが漂う。やはり、今朝客引きをしていたおじさんたちの言う通り、フェリーは運行していないのだろうかという不安に駆られる。
フェリー乗り場の目の先の店には、別の巡礼者のグループの群れ。その店で、オンラインで予約したチケットを提示しても別の会社という。
ひとまずワッツアップで予約したフェリー会社に電話するも応答なし。しかし、ワッツアップの最終アクセスが昨晩になっていたので、会社としては機能している模様。そう信じて待つ。

そもそも出発時間は7時30分、まだまだ時間はある。出発10分前になり、1台のボートが姿を現す。これでスペインまで渡るの?と一瞬ためらったが、ボートには前日にチケットを予約した「Xacobeo Transfer」の文字。
オンラインでのチケット購入は正常に処理されており、ボートの操縦士から名前を呼ばれ乗船。定員は6名のようで、列を成していた巡礼者の一部は次の便まで1時間待ち。
同じ宿に滞在していたドイツ人は乗ることができず、待ちぼうけ。一応、前夜にボートの情報とオンラインでほ手続きの情報は共有してあげたが、手続きしていなかったようだ。
ボートはポルトガルに別れを告げて、海風の中を勢いよく進んで行く。あまりの強風に寒さを感じるほど。ほかの5人の乗客は、同じグループの巡礼者のようで、ハイスピードで駆け抜けるボートにテンションが高まっている。

朝から賑やかしい…。幸い、乗船時間はわずか5分ほどだったので、すぐにスペイン側に到着。
入国手続きのためのパスポートコントロールもなく、そのまま巡礼路へ。いよいよスペインでの巡礼がスタート。
Bom dia から Buenos días

歩き始めた A Pasaxe の町は、石造りの風景が迎えてくれる。すれ違う地元の人たちからかけられる朝の挨拶がポルトガル語の「Bom dia」からスペイン語の「Buenos días」に切り替わったことに、改めてスペインの地を巡礼していることを再認識させられる。
少し歩いたところで、軒先で行商をしているおばさんに捕まる。言語のレベルで言えば、ポルトガル語よりスペイン語の方が断然上だが、朝というせいか、なかなか頭の中で言語が切り替わらない。
貝殻に色付けした作品を1つ1ユーロで購入すると、もう1つおまけ。特別欲しくはなかったが、コミュニケーションということで。おばさんによると、この日の天気は晴れ間は広がるが気温はそれほど上昇しないということだった。

町を抜けると、巡礼路は森の中に続いていく。木陰が日光を遮ってくれるおかげで、体温の上昇を防ぎながら、巡礼路を進む。ふと携帯で時間をチェックすると、結構な距離を歩いたにも関わらず、30分ほどしか時間が経っていない。
体の調子が思わしくないのか、想像以上にペースが鈍いのかと危惧するが、ポルトガルとスペインの間の1時間の時差を忘れていた。
つまり、ポルトガル時間で計算すると90分ほど歩いているが、スペインでは1時間、時計の針が戻るので30分しか時間が経っていないと勘違いしていたのだ。
A Guarda の町では誘惑に負けそうなくらい、素敵なカフェがいくつか点在していたが、ここはまだ休憩には早い。おまけにゆっくりしていると後続の賑やかな巡礼グループに追いつかれてしまう。ここは我慢して先に進もう。

カフェの誘惑を打ち破り町を過ぎ去ると、再び海の見える順路へ。真新しいウッドデッキではなく、石畳の道が情緒を掻き立ててくれる。
楽しい気分は長続きせず、長い長い、一般道の一直線に。Portecelo 辺りで1回目のカフェ休憩を目論んでいたが、“The 巡礼者向け” のカフェしか見当たらず、地元のローカルな雰囲気は味わえないと思いそのままさらに先へ。

Oia の町に入る手前で一般道から脇見にに入る巡礼路があり、そこには大海原を眺める絶景のビューポイントにベンチ。迷わずここに腰を下ろす。カフェでのコーヒー休憩とはいかないが、何にも勝るこの絶景。
フルーツとナッツなどで栄養補給をしながら、しばし一服。何人からの巡礼者に追い抜かされたが、そんなことはこの景色を前にしたら、どうでもよくなっていた。
日光は照りつけるが、やはり前述のおばさんの言う通り、気温はそれほど高くないので快適そのもの。
巡礼旅、スペインで物価が急上昇

Oia の町に入ると美しい外観のMosteiro de Santa Maria de Oia の姿が飛び込んで来る。巡礼路からは逸れていたが、思わずその入り口まで吸い込まれるように足が向いた。
入場はできなかったが、少し開いた扉のスペースからは内部の様子を一部伺い知ることができ、その整然とした美しさは息を呑むほどだった。
町にはバーやレストランがいくつかあるので、ここで一旦休憩を取ろう。この日の目的地のポルト・モウガスの巡礼宿のチェックインは午後3時からで、アーリーチェックインはできそうになく、すでに宿泊の予約を済ましているので、慌てることはない。
レストランの入り口に掲げられたメニューを見て驚き。多少、観光地でオーシャンビューのロケーションとは言え、メインプレートだけで20ユーロ(=約3,400円)から。コーヒー1杯も1.5ユーロとポルトガルから一気に物価が2倍近くに上昇した印象。すでにポルトガルが恋しい。

スペインでの巡礼旅の初めての食事だったので、パーっと値段も気にせずに食べたいものを食べようとも考えたが、胃袋がそれほどしっかりとした食事を求めていなかったので、簡単にチキンサンドウィッチ。これは6ユーロ(=約1,050円)とリーズナブル。
Wi-Fiの利用ができるが尋ねると、お店の人はわざわざパスワードを紙に書いてくれ、使用させてくれた。ポルトガルからの物価の上昇には一瞬ひるんだが、人の親切さは変わらず。
辺鄙な巡礼宿

軽く胃を満たしたら、この日の宿のあるポルト・モウガスまでラストスパートといきたかったところだが、一般道は退屈で、ひたすら長く感じるのみ。少し脇道に逸れて自然の中を歩けるかと思ったら、上り坂。容赦ない。
事前にこの日の宿の周辺の情報をチェックしたが、辺鄙な場所で周りには何もなさそう。よって、道中でスーパーによって食材を調達しようと考えていたが、丁度通りかかったときは昼休憩でお店が閉まっていた。待ちぼうけするわけにはいかず、そのまま先へ。
海沿いの一本道は、まったく進んでいる感じがしないので、永遠に到着しないかのような錯覚にすら襲われる。
それでも歩みを止めなければいつかはたどり着く。午後2時35分にこの日の宿・Albergue Turístico Aguncheiro に到着。
受付はメールで知らされた午後3時よりさらに遅く3時15分からと扉に張り出し。
宿の周りには何もないので、扉の前のスペースでストレッチ。この日も、終盤は脚が限界に近い状態にまで追いやられていた。
ストレッチをしている間に、眠りに落ちてしまう。宿の前で、野宿をしているかのような状態になっていると、午後3時前にスタッフが車で到着し、そのエンジン音で目が覚める。何事もなかったかのように起きて平静を振舞い、チェクイン手続きへ。

料金は22ユーロ(=約3,750円)スペインに入ったせいか、相部屋の値段も食事に続いてポルトガルより割り増しな印象。チェックイン時に、朝食用のスナックセットを受け取る。

6人部屋のドミトリーが3部屋。部屋の中には荷物を置けるようにベンチが設置されているのがありがたい。やはり地べたに荷物を置くのとは気分が違う。
この日の宿は、カミーニャで同じ巡礼宿にいたスペイン人のおじさんと、もう1組のカップルのみ。静かな巡礼宿。
シャワーと洗濯を済ませて、宿の先にあるスーパーへ。しかしこれは賢明な判断ではなかった。辺鄙な場所に宿があるため、往復40分も歩く羽目になり、疲労だけが募る。疲れたからといって、余計なアイスクリームの消費。
スペインでの初ディナーは外れ

巡礼宿には電子レンジ以外はなく、自炊はできないので夕食は外で。かといってまたまた往復1時間近く歩く気にはなれず、宿の横にあるレストランで済ませる。
シーフードメニューの海鮮は冷凍物ということで、肉を選択。しかし、この肉、薄い割には固くて、かみ切るまでに何度、咀嚼しなければならなかったことか。
夕食を食べていると、ドミトリーの同じ部屋のおじさんが合流。冷凍だが、ホタルイカのグリルを注文していた。見た目には、ステーキより遥かに美味しそうだった。選択を誤った。冷凍に対する偏見を抱くべきではなかった。

午後8時を回っても、日が落ちる気配はなく、まだまだ辺りは明るい。緯度はそれほど変わらないのに、ポルトガルとの時差が1時間。つまり、スペインの方が夜の明るい時間がより長いということになる。
スペイン人のおじさんの招待にあずかり、食後に水平線を眺めながらコーヒーを頂く。おじさんと2人ではまったくロマンティックな雰囲気にならないけれども、目の間に広がるオーシャンビューは巡礼の疲れを癒してくれる。
辺鄙な場所にある巡礼宿横のレストランだが、地元の人は軽くビールを一杯ひっかけたり、コーヒーでご近所さんとおしゃべりに花を咲かせたりと、コミュニティの中で重要な場所としての機能を果たしている模様。

宿に戻って就寝の準備。午後10時30分を回ったというのに、まだ光が部屋の窓から差し込む。あまりの明るさに体が夜と認識していないので、なかなか眠気が来ない。
一日歩いた体は疲労で休みたがっているのに、脳はそれに背くようにまだまだ活発。夏の日の長さを楽しみたいところだが、翌日以降も巡礼は続いていく。
アイマスクをして、無理やり暗黒の空間を作り出し、脳に夜を認識させて眠りに就く。