猛暑の中の巡礼旅は、遭難の危機に遭遇して以来、朝のスタート時には不安と恐怖に襲われていたが、前日の巡礼がスムーズにいき、少し自信を取り戻す。
ファティマ巡礼からサンティアゴ巡礼のルートへと戻る道のりは、カシャリアスからアルヴァイアゼレまでの約 22㎞ までの道のり。この日も暑さとの闘いが待ち受ける。
連続更新記録がストップ

カシャリアスで迎えた夜は、冷房を切って就寝できるくらいに気温は下がったものの、日中は 40度 を超える気温。夜の気温は快適と感じるほどまでにはならず、あまり寝つきがよくなかった。
5時10分にセットした目覚ましは、一度でベッドから起き上がれずにぐずぐず。しかし、この日も天気予報では猛暑。朝は早く出発するのに越したことはない。
フルキッチンのあるホテルだったので、温かいお茶と朝食を軽く済ませて身支度を整え、6時15分に出発。
先日まで毎日、出発時間を早める記録が更新されていたが、ここでストップ。

この日に進む道順はサンティアゴ巡礼の正規のルートからは離れていると思われるので、矢印にはこだわらないつもりだったが、早速黄色いマークを発見。
目指す方角は北東。出発して間もなく太陽が目の前から昇り始め、朝焼けに照らされる。ファティマで購入した4ユーロのサングラスの出番。
前日は快調な巡礼の旅だったにも関わらず、この日は体が重い。睡眠の質が良くなかったせいだろうか。化膿して腫れ上がっていた左足は徐々に回復してきたように見受けられたが、この日は再び痛みが再発。
そのせいもあり、足取りも重く、モチベーションが上がらない。この2日間、他の巡礼者に遭遇することもなかったので、刺激を受ける機会もなく、孤独な道のり。しかし、何があっても前に進まなければならない。巡礼を甘く見ていたと痛感させられる。
出発から1時間ほどでカフェの前を通りかかる。体力はまだ余裕があったが、足の痛みから休憩を挟みたい衝動に駆られる。しかし、朝のこの涼しい時間帯を1分でも無駄にすべきではない。
歩みを進めると、次の町・フレイシアンダ(Freixianda)に到着。2時間ほど歩いただけだが、この日の体の重さ故、さすがに疲れた。町の入り口にはカフェが見当たらず。時間と体力の消耗を避けるべくググる。カフェまでまだ 1.5㎞ も道のり。おまけに一直線なので、余計に長く感じる。オレンジジュース、コーヒー、パンを想像して最後の力を振り絞る。
途中に別のカフェが2軒ほどあったが、パンの品揃えが充実していなさそうだったので立ち寄らずに我慢。

目指したカフェに到着。テラス席はなく室内のみ。生絞りのオレンジジュースがないというオチ。全粒粉パンにチーズを挟んでもらいコーヒーと共に。一服して、やる気のスイッチを入れるはずが、なかなかテンションが上がらない。
巡礼路に響く夏の風物詩・蝉の鳴き声

この日はオリーブ畑を抜けて、巡礼路を駆け抜ける。途中、夏の風物詩、蝉の鳴き声が響き渡る。正直、心地よい音ではないが、季節を感じさせてくれる。
巡礼を通して自然の中を歩いていると、小鳥のさえずりや風の音にまで敏感になる。巡礼者の中にはイヤホンをして歩いている人もいるが、できるだけ風景を目で楽しむだけでなく、こうした耳からも自然の営みを感じながら巡礼の道のりを楽しみたい。
そんな思いに水を差すかのように、歩いていると、靴の中で画びょうが刺さったような刺激が。よく見ると、蜂の姿。まさか靴の中に入り込んで、靴下の上から足の甲を刺されるとは。こちらも夏の風物詩だが、頂けない。足下だったので、その侵入にまったく気づかず。そこを刺すか。幸い大事には至らず。
これまで半袖を着用してきたが、直射日光に肌を晒さないほうが、猛暑を乗り切れると考え、この日からは長袖を着用。
まだ午前中にもかからず、暑さは厳しく、既に汗まみれ。足取りは重いままだが、何とか歩くペースは時速 4㎞ 前後を保っている。

この先の巡礼路沿いにカフェはなさそうなので、カフェ休憩から1時間30分ほど歩いたところで、教会のベンチで休む。立ち止まった瞬間に汗がどっと噴き出る。この時点で午前10時30分。これは何としても、午後の最高気温に達するまでに、この日の巡礼を終えなければ、体力が持ちそうにない。
グーグルでチェックすると、この日の目的地のアルヴァイアゼレまでは残り1時間30分ほどの道のり。正午過ぎには到着できるだろうか。道に迷わなければという条件付き。
その心配が的中し、この休憩の後、曲がるべきポイントを見逃してしまい行き過ぎる。幸い、5分もしないうちに携帯の地図をチェックしたことでそれに気づき引き返す。
一般道と農道を交互に進む形になっているが、後者は地面からの照り返しはなく、木陰も多いので体力がそれほど奪われずに済む。地図をチェックして、自ら農道を選択して進むが、遭難しかけたトラウマが蘇る。一般道はすぐ横を走っていたので、いつでも戻れると信じて涼しさを感じられる道を選択。
残り30分ほどの道のりでラストスパートと行きたかったところだが、体温が上昇しているのを感じたので大事を取って再び木陰の下で休む。
最後の道のりの長いこと。体中から汗が噴き出る。額からも文字取りドボドボと汗の粒がしたたり落ちる。気温に加え、湿度が他の地域と比較すると高いのだろうか。異常に汗をかかされている。
アルヴァイアゼレの町には巡礼宿があり、前日に予約済。町に入ってから巡礼宿までの距離はそれほど大したことはないが、疲れと暑さで果てしない道のりのように感じる。
巡礼スタンプはアート

ようやく辿り着いた巡礼宿。最後に待ち受けるのはまさかの階段。1階分だけとは言え、猛暑の中を数時間歩いてきた身には追い討ち。
最後の力を振り絞って階段を上ったが、扉の中には誰もいる気配はない。呼び鈴を鳴らすように案内があったが、まさかの呼び鈴は階段の下。階段を上るのも辛いが、足がガクガクの状態では階段を降りるのも一苦労。呼び鈴を押してみたが、状況は変わらず誰も応答しない。
前日に予約をワッツアップで済ませた時にはチェックイン時刻については何も言われなかった。まだ12時過ぎでチェックインには少し早い気もしたが、少々図々しくなってきたせいか、あるいは巡礼の疲労から一刻も早くチェックインをしてシャワーを浴びたい欲望からか、電話を掛ける。
応答してくれたカルロスさんは、すぐ向かうのでそこで待つようにと告げる。5分もしないうちに現れて、チェクイン手続きが始まる。
巡礼宿のチェクインは、パスポート、ヨーロッパ人はEUの身分証明を提示し、ゲストブックか宿泊システムに入力・登録され、巡礼手帳と言われるクレデンシャルに宿のスタンプが押されるという一連の手続き。

このアルヴァイアゼレの宿のスタンプは、この巡礼旅で一番のアート作品。受付のカルロスさんは、マッチに火をつけ始め、最初はクレデンシャルを焼かれるのかと思い、思わず制止しそうになった。
「大丈夫。よく見てて」と言う言葉を信じて、じっと見守る。すると蝋を溶かして、手帳にデザインが描かれていく。他の巡礼宿ではスタンプをポンと押して1秒で終わる作業が、何やら芸術作品のよう。

時間にして5分くらいだろうか、ようやくスタンプが完成。もはやアートの域に達している。1ページに最大8個のスタンプが押せるようになっているが、「そんなの関係ねぇ!」と言わんばかりに1ページ丸々、“作品” に使用。
アート作品を作り上げている最中、カルロスさんは、日本とポルトガルの繋がりについて力説していた。
アート作品が出来上がる間も、受付にはクーラーも扇風機もなく、汗が止まらない状態。一刻も早くシャワーを浴びたかったのに、別の巡礼者・アントニオが到着。トリニダード・トバゴ出身の彼は、自転車での巡礼者。
同じようにチェックインの手続きが始まり、2作目となるアート作品に取り掛かるカルロスさん。自分のクレデンシャルにアートが施されている最中は、その芸術さに見とれ、作品が完成するまでの時間の長さは感じなかったが、今は一刻も早く部屋に通してもらってシャワーを浴びたいという思いが勝る。
アントニオの巡礼手帳にもようやく作品が完成し、チェックイン手続き完了。一緒に部屋に通してもらう。

ドミトリー・16ユーロ(=約2,700円)で、その部屋は受付の建物の離れのような位置にあり、正面の鍵はかけなくても大丈夫ということ。ポルトガルの地方の治安は日本並み。
ドミトリー内には二段ベッドとシングルベッド、計7台。タオルも用意され、申し分なし。早速シャワーを浴びて、汗だくになっていた体をすっきりさせる。手洗いで洗濯も済ませて、この日の巡礼は終了。6時間ほど巡礼だったが、体の重さ、気温の高さゆえ、かなりの疲労度。
グルメにワインも堪能

チェックインで一緒になったアントニオと昼食に出かける。巡礼宿近くのレストランが閉まっていたので、「O Brás」という別のレストランまで。
冷房が効いた店内に入るや、革靴やシャツで正装したお客さんばかり。ビーサンに半パンで来た巡礼者2人には場違いのような雰囲気だったが、入店は断られず、席に通してくれた。
ドレスコードがよくなかったせいなのか、店員の接客態度は愛想がないこと。レストランの料理メニューはスープ 1.5 ユーロ、メインは 10 ~ 20 ユーロと店の雰囲気からすれば、リーズナブルな印象。魚のスープを前菜に注文し、メインは肉の盛り合わせ。暑さに負けて、普段は余り飲まないビールに白ワインのグラスまで。

これだけ食べて飲んで17ユーロ(=約2,900円)。体の状態はイマイチ本調子ではないが、前日に続き、ランチでグルメも楽しむ巡礼旅を実践でき、新たなモチベーションが生まれる。
ランチを食べながら、互いにこれまでの巡礼について語り合う。同じように暑さにやられ、道に迷い、泣きそうになったことが幾度もあったと語るアントニオ。辛い思いをしているのは自分だけではなく、巡礼者に共通していると改めて気付かされる。
買い物をして宿に戻ると、韓国人、その後しばらく一緒に巡礼することになるスペイン人のアルフォンゾ、スペイン人の自転車巡礼者3人が宿に到着していた。

暑さに負けて、宿でもビール。

アントニオが巡礼宿の地元のワインということで購入した赤ワインも頂き、ほろ酔い気分にで1日を終える。グルメもポルトガルのワインも楽しむ巡礼旅がここにきて、ようやく実現し始めている充実感。