サンティアゴ巡礼から少し外れてポルトガルの巡礼の聖地・ファティマを目指す順路は、リスボン出発から5日目、ナセント・ド・アルヴィエラから最後の 28.5 km を歩いて最終目的地となるファティマを目指す。
ここまで、体が悲鳴を上げながらも毎日の巡礼をこなしてきたが、5日目となるこの日の巡礼後は、1日休息日を設けよう。月曜日から働き始めて、金曜日を迎えたような気持ちで出発するが、巡礼旅の最大のピンチが待ち受けているとは、この花金気分を味わっていた時には想像もつかなかった。
嵐の前の静けさ?順調すぎるスタート

先日よりさらに出発時間を早めるべく、日が昇らぬうちに目覚ましをセット。部屋には冷蔵庫がなかったが、夜は気温が下がったせいか、窓の外に置いていたネッククーラーは冷気のおかげで固まっている。
前夜にホテルのお気遣いで準備していただいた朝食を取り、身支度を整える。

踵の靴擦れよりも、足の裏のマメが潰れた箇所が、地面に足を付く度に痛む。消毒をして、絆創膏を 2 枚張り。さら足全体にワセリンを塗って靴下を履く。トレッキングシューズを履く瞬間、踵の靴擦れとマメが刺激を受け、思わず声を上げてしまうほどの激痛が走る。一連の処置のせいで、準備に化粧をしているかのように時間を取られる。

朝日が姿を見せた頃合いにホテルを後にする。山に囲まれているせいか、6時30分でも辺りはまだ薄暗く、少し肌寒さを感じるほど。前夜にホテルの従業員から、ホテルから続く道から巡礼路を進むことができ、ホテルまでたどり着く前に歩いた延々と続くアスファルトの曲がり角の多い一般道に戻る必要はないと教えられた。

前日にナセント・ド・アルヴィエラの街に到着した際には、多くの観光客でにぎわっていた水辺も、朝はひっそりとたたずんでいる。その静けさにより、水の透明度がさらに増しているようにも見える。

前日、火照った体を冷やし、歩き疲れた脚を休ませるためにも水辺に入ろうとも考えたが、宿泊施設にたどり着くまでにひと悶着あり、ホテルにチェックインしたときには、もうその体力は残されていなかった。いつか、再訪する機会があった時にまで水遊びは取っておこう。
ホテルから延びる巡礼路は、森の中を進み、日光がまだ差し込んでいないので、30分ほど歩いても全く汗をかかず。

ホテルを後にしてから 40 分ほどで最初の村・モンサントに到着。自分でも驚く程、順調。この後待ち受けるピンチは想像する由もなく、この時点では昼過ぎにファティマについて、ホテルの浴槽につかりながら巡礼旅の疲れを癒す姿を妄想していた。
ここまでの道のりで汗もかかず、疲れもなかったので休憩は挟まず、そのまま次の村・Covão do Feto まで進む。出発から2時間で村まで到着。前日は、サンタレンの街から巡礼路を探すのに手こずり、スタートから躓いたのとは対照的。

グーグル地図をチェックしたが、村にはカフェがなさそう。おまけにこの日は土曜日、しかもまだ午前8時30分。お店があったとしてもまだ開店してないだろうと、巡礼路沿いに現れたベンチで一服。
道しるべはいづこへ?
ここから悪夢の序章が始まる。
休憩後、巡礼を再開すると道路が二手に分かれる分岐点に。唯一の頼りである道しるべがない!正解は左手に進んでいくのだが、道路の舗装状況、次に目指す街・ミンデ(Minde)の方向を考慮すると、右手の道を選択するのが合理的だった。
おまけに番犬なのか野良犬なのか不明だったが、苦手な犬が複数匹現れ、ますます雲行きが怪しくなる。しばらく村の中をぐるぐる。デジャヴかのように、前日の二の舞になっている。せっかくここまでの道のりは順調だったのに、時間の貯金がなくなっていく感じ。
週末のせいなのか、早朝のせいなのか、そもそも村なので人が少ないせいなのか、尋ねる人すらいない!おばさんが1人家から出てきたので、道しるべのありかを聞く。教えられた方向に進むも、マークは見つからず。
ごみを捨てに来ていたおばあさんを発見。この道を行けばミンデまで行けると一般道を示す。少し歩いてみたが、アスファルトの道のりで、道しるべはありそうにない。引き返すとまた、おばあさんと遭遇し、少し気まずい雰囲気に。一般道より山道を好むなら、山を越えてミンデにも行けるという。言われるまま、レストランの方向へ。レストランからの道は、先ほど来た道と繋がっていて、行くべき場所が全く分からない。方向音痴がさらに事態の悪化に拍車をかける。
迷っているうちに時間は経ち、太陽が山の稜線から姿を現し気温が上がっていく。前日の反省から早く決断を下さないと。ここはやはり、道しるべにこだわらず、一般道でミンデを目指すべきか。

ふと、足元に目をやると矢印。サンティアゴ巡礼の矢印が黄色に対し、ファティマ巡礼は青色。探していた矢印がここにあったとは。看板や壁に描かれた矢印を探していたので、足元に注意を払っていなかった。
まだ巡礼5日目。道しるべを見つける嗅覚が鍛えられていなかった。矢印の先には山道の入り口。アスファルトの車道よりは巡礼の気分も上がってよい。しかし、この道の選択がこの巡礼の最大のピンチを招くことになるとは…。
気軽な巡礼旅が遭難の危機

早速、登坂を進むと、東の方角へ道が延びていく。ミンデの街の位置関係を考えると妥当。途中、一軒の廃屋があり、草が生い茂り、道が分かりづらくなっていたが、少しかき分けて進むと、再び開けた道に。

100m ほどだろうか、進んだ先で道が途絶える。目の前には、一面の木々。巡礼旅はヨーロッパで人気のはずだが、人が通った気配がない。確かにこれまでポルトガルルートで出会った巡礼者は少なかった上、ファティマ巡礼ともなるとさらに少ないのかもしれない。それゆえ、植物が生い茂るペースが巡礼路の整備を上回ってしまっているのだろうか。
そんなことを考えながら、草木をかき分けて前進。

時折、道らしきスペースは現れるものの、進めば進むほど、そのスペースもどんどんなくなっていく。目指す街・ミンデの方角を考えれば、前進あるのみだが、それにしても巡礼路がこれほどまでに整備されていないものだろうか。

とはいえ進むしかない!と先へ先へと向かうが、行く手を阻む植物の繁殖。こんな力尽くで木々をかき分けて進まなければならないとしたら、目的地の街まで一体どれだけの時間がかかるのだろうか。
ここは引き返して、やはりあの一般道から ミンデの街を目指す方が賢明だろう。ガイドでもいない限り、この道は進めそうにない。
蔓や枝をかき分けてきたので、戻るにも一苦労。しかし、“道” がなかった為、戻る場所も不明に。自分の居場所が分からずにパニック状態に。山の中で完全に迷い込んでしまった。
必死で戻ろうとあがくも、混乱した心理状態のせいなのか、まったく先に進んでいないような錯覚に陥り、パニックに追い打ちをかける。

よそ者の侵入を拒むように、植物の葉はとげとげしく、容赦なく体をひっかいてくる。重いバックパックを背負い、バランスを崩すこと数度。滑落するのではないかとの恐怖も芽生える。
バケットリストにあったからと気軽に挑戦した巡礼旅が遭難で命が尽きるのかとさえ覚悟した。
居場所は不明のままだったが、少し開けたスペースに脱出することができたので、冷静に我に返る。時刻はまだ午前11時、日没までは十分時間が残されている。また、携帯電話の充電は50% ほどで、電波も入っている。友人に連絡して救助を要請することもできるはずだ。このオープンスペースで待機して救助の要請か、太陽の方角、村の位置から戻るべき方向を定めて進むか。
一旦、後者を選択し、先に進めなかった場合、このオープンスペースに戻ってこれるように目印をつける。
アリ地獄から抜け出せないような恐怖感、重いバックパックを背負いながら、どこからその力が湧いてきたのだろう。自分でも不思議だが、力強く木々をかき分け、時折体勢を崩しながらも、来た道を引き返していると信じて先に進む。
この時、ふとあのトラック運転手にいただいたメッセージの「May God be with you」という言葉を思い出した。信仰心はないが、きっと旅の神様が見守ってくれるはずと。
すると、開けた歩道まで脱出することができた。この時の安堵感たるものや。どうしてこんなにも迷ってしまたのだろうか。再び様子を見るために、この歩道らしきところを進んでみるが、やはり行き止まりのように途中で道がなくなり、草木の壁が立ちはだかる。ここに戻ってこれただけでも幸運だ。おとなしく引き返そう。
先へ先へと無我夢中で進むことも大事だが、時には立ち止まって引き返すことも人生と同様に必要なのかもしれないと悟る。

廃屋まで戻り、あとは最初の上り坂を下るのみと安心感に包まれていると、先ほど見逃していた道しるべを発見。矢印は山を越えて、ミンデ の街を目指すように示している。たった1つの道しるべを見逃しただけで、遭難のピンチを招いてしまうとは。「先へ先へ…」と哲学的な悟りを開いたと感じていた自分が少し恥ずかしくなった。
ただ振り返ってみても、道しるべが示す左折ポイントだが、巡礼路のように直線的にまだ先へ道が続いていたのが、マークを見逃した要因だったのだろう。
道しるべが進む先へ向かいたいところだが、遭難のピンチを抜けた際、胸にかけていたサングラス、バックパックの外ポケットに収納していたウォーターパックボトルのキャップがなくなっていることに気づく。
整備された道で紛失したのならばとかく、あんな草木をかき分けて進んだ道を引き返したところで、失った物を見つけられる可能性は皆無だろう。サングラスはあきらめをつけたとしても、キャップがなくなったことで、水がこぼれ、ウォーターパックに残された水はあと300ml ほどしかない。この先の道のりがどれくらいなのか。その先にカフェか水を購入できる店はあるのだろうか。
再び決断を迫られる。Covão do Feto の村に戻ったところで、商店はみかけなかったので、このまま先を進もう。
遭難のピンチの傷跡

気を取り直して、巡礼路通りに先を進む。時間も気になるところではあるが、残された水の量を考慮して、駆け足で歩いて汗をかくより、体力をうまく温存しながら進む。
山を越えるべく、上り坂を一歩一歩、着実に歩むと、頂上にたどり付く。途中、給水をしたことで、残りの水は100 ml ほど。次の村までの道のりがどれくらいなのか。しかし、山の頂からは一般道を歩く格好となり、車の交通量もそこそこ。最悪、助けを求めることはできるだろう。
そんな心配をよそに、ここから ミンデ の街までは下り坂のみだったので、体力もそれほど消耗せず、汗の量も抑えられたので、なんとか手持ちの水で事足りた。
街に入るや、通行人にカフェのありかを尋ねて駆け込む。とにかく水分補給。
カフェの店主に水とジュースを注文。すると、あまり関りを持ちたくないような態度を取られる。ポルトガル語で会話をしたのに、反外国人派なのだろうか。それとも単に珍しい外国人の扱いに慣れていないのか。
顔を洗うため、トイレを借りた際、鏡に映った姿を見てその店主の態度が理解できた。遭難のピンチの際に、とげとげしい植物に体を擦りむけられ、腕は傷だらけ、Tシャツとパンツは汚れ、一部破れた上、左ひざ部分は出血で滲んている。

バックパックがあれば巡礼者に見えなくはないが、それがなければ何か事件を引き起こしたか、複雑な事情を抱えて帰る家のない人のようにも見えたのだろう。
その姿は遭難のピンチがいかに壮絶だったかを物語っていた。

カフェで携帯の充電をさせてもらい、冷たい飲み物で体を冷やしながら休憩。この時点で午後12時30分。想定より2時間ほど遅れている。
ファティマまでの距離は17 km ほど。時速4km で歩けたとしても4時間以上かかる。ファティマのホテルに早くついて浴槽でリラックスという妄想から、今日中にファティマに着けば上出来と現実的な目標に切り替える。
40度を超える猛暑の中の巡礼

この日まで、巡礼をスタートする際に天気予報をチェックする習慣がなかった。雨が降りそうにもないポルトガルの青空を毎日眺めては、その必要性を感じていなかった。
後から知ることになるが、この日はヨーロッパに熱波が到来し、各地で軒並み 40度を超える気温に。巡礼をしていたポルトガルの地域も例外にあらず。猛暑の深刻さはBBCのトップニュースで扱われるほど。
そんな状況も知らず、強い日差しにうだるような暑さの中、ファティマまでの残りの道を進む。ミンデ のカフェで休憩後は追い打ちをかけるような上り坂。さすがに、この状況で歩くのは危険かもしれないと察知。すでにこの日は遭難の危機にも遭っていたので保守的に。
日没まで待機して、少し涼しくなってから巡礼を継続するか。しかし、暗くなってから山道を進むほうが危険と判断して、暑い中、巡礼を継続することに。
Covão dos Conchos の村を通過する際に、レストランでジュースを飲む。
普段はあまり摂取しない冷たい飲み物だが、この日は、脳に反して体がそれを求めていたので、体の冷却のためカフェやレストランを見つけては水分補給。
ここから、森の中の道のりは長く険しいものに。歩けど歩けど全く進んでいる気すらしない。足の痛みに加え、遭難の危機による体力の消耗が激しく、時速3km ほどでしか歩けていない。
そして ミンデ のカフェで購入した水もついに底をつき始める。
ある老人との出会い

ファティマまで残された距離が5km の地点にあるGiesteira 村で水を確保して、最後のラストスパートを目論んだが、グーグルマップでは村に商店が1つもない。おまけに巡礼路は村の中心を通らずに、森の中を進んでいく。
さすがにこの気温の中、あと1時間以上も水を持たずに歩くのはリスクが高すぎる。脱水症状で道中で倒れても、森の中を通行する車はほとんどなく、人の行き来もないので、命の危険に及ぶ。
何軒かの家屋があったので、水道水をいただくしかないと近づいてみたが、週末で不在なのか、人がいる気配もなく、呼び鈴もない。
こうなったら、森の中を木陰をうまく歩きながら体力の消耗を抑え、水分補給をしないで済むように行くしかないか。
ここで、前述の数日前のトラック運転手に続き、一期一会の奇跡の出会いが起きる。森の巡礼路のそばで作業をするおじいさんを発見!大声で叫び注意を引く。
「ファティマまでたどり着きたいが、水がなくて困っている。水道水でもいいでのボトルに補給してくれないか?」と、尋ねてみるが、いまいち通じていない。ポルトガル語の問題かと思いきや、どうやらこのおじいさん耳が遠いようで、少し声のボリュームを上げて説明すると事情が伝わったもよう。
再び、作業場へと姿を消していくおじいさん。あれっ?うまく伝わらなかったのか、関心を持ってもらえなかったのかと危惧したが、戻ってくるおじいさんの手にはペットボトルの水。

「2本持っているから、1本持っていきなさい。Bom Caminho(素晴らしい巡礼を)!」 と送り出してくれた。ペットボトルは蓋がすでに開いていたので、おそらく家で水道水を入れたものだろうが、そんなことはもはやどうでもよい。この水がなければファティマまでたどり着けないだろう。
おじいさんは、ファティマまでは残り5km ほどで下り坂だからあっという間に到着すると言ったが、その言葉とは裏腹に、ここからの道のりの長いこと。
残りの距離を示す石塔が5,4、3キロと数字が減っていくが、その石塔が見え始めるのに時間がかかること。1km くらいの距離ならば10分くらいで歩けそうだが、この時の歩行スピードは時速2km くらいにまで落ちていたのだろう。

終盤の道では、風力発電の風景が広がる。風力発電のプロペラを回すほどの風力ではないが、歩くのには涼しさを感じさせてくれた。

最後の1km メートルの表示が目に入っても足取りは軽くならず、引きずるような足取りではラストスパートもきかず。到着を示す石塔はなく、ファティマ大聖堂の駐車場に到着。
圧巻の大聖堂のスケール

道しるべが見つけられなかった上、遭難にピンチに遭ったことで大幅に時間をロスし、この日は11時間に及ぶ歩行の末、ファティマ巡礼の最終目的地に到着。
巡礼路からはファティマ大聖堂の駐車場を通過するルートになっているが、売店で休まずして大聖堂にまで向かう体力は残っていない。

観光地の売店というのにクレジットカードが使用できないのは残念だが、そんなことよりもファティマに無事にたどり着けただけでもよしとしよう。
ローマ教皇が訪れたこともあるというファティマの大聖堂は、広場を含めた敷地は広大。ここまで10時間以上の道のりを歩いてきた身には、この敷地内の移動だけでも脚に追い打ちをかける。

重い足取りでようやくたどり着いた大聖堂のスケールに圧倒される。この日の遭難のピンチや、命の水をくれたおじさんとの出会いが思い出され、自然と涙が溢れてきた。
リスボンから5日間の巡礼旅でたどり着いたファティマでこれだけ感極まっていたら、1か月先のサンティアゴ・デ・コンポステーラでは、どれほどの感情が湧き出るのだろうか。
さすがに、この日はこれ以上歩くことはできず、大聖堂の中の見学は翌日に持ち越し、タクシーでホテルに向かう。
巡礼旅の癒しの味方、バスタブ

3日目のサンタレンに到着した際、ファティマでは1日休息日を設けることを決めていたのでホテル・Angelusは2泊予約。料金は合計62ユーロ(=約11,000円)
決め手は浴槽がついていること。チェックインをして、さっそく風呂に入って足の疲れを癒す。

結局、この日も遭難しかけたことで、時間をロスして昼食を逃してしまったので、ようやく食事にありつく。
ホテルから一番近い場所で、チキンをテイクアウト。

数日前のサンタレンでの教訓からハーフサイズを注文。残すことなく、このサイズなら全部食べ切ることができた。グルメという点ではあまり巡礼旅を楽しめていないが、無事にファティマにたどり着けただけで十分。
翌日はオフのため、目覚ましをかけずに、寝れるだけ寝て体力を回復させる。