呑んで、食べて、泣いて、歩いたポルトガル・リスボンからスペイン・サンティアゴ・デ・コンポステーラまでの28日間に及ぶ巡礼が無事に終わり、巡礼仲間と深夜まで盃で巡礼達成を祝う。久しぶりの2日酔いで目が覚めても、もう1日何十キロと歩く生活からは解放され、半ばもぬけの殻状態。
巡礼の余韻に浸るため、連泊をしたサンティアゴ・デ・コンポステーラの街を楽しみながら、巡礼仲間と最後のひと時を過ごして、ポルトガルのリスボンにある友人宅まで帰る話。
無料の市内観光ツアーで街の造詣を深める

午前8時過ぎに目が覚めた頃、同じようにすぐ隣のベッドで寝ていたペドロも起床。この日のうちにスペイン南部の自宅に戻るという彼と一緒に朝食へ。
宿の周辺は、巡礼者および観光客向けの飲食店やカフェが多く、朝食のメニューが8-10ユーロと少し割高。少し中心地から離れると、パンにトマトソースだけ塗ったシンプルなスペインらしい朝食にコーヒーで5ユーロ前後と、リーズナブルな場所が見つかり、ペドロと一緒に朝食を取る。
前日に巡礼宿にチェックインする際に出会ったばかりなのに、いろんな話ができたせいか、最後の別れの時を惜しむ雰囲気に。2週間ほどの巡礼を終えたペドロは、この間、父親としての役割を少しお休みしたので、また家族のところに戻り、いつもの日常が始まるという。唯一、学校の教師である彼は、まだ夏休みなのが救いと苦笑い。
この先の人生で再会できるかは分からないが、少なくとも、巡礼の旅での巡り会いに感謝。
朝食の後は前日に GuruWalk を通して予約しておいた無料の市内ツアーに参加。無料と言っても、ガイドにツアー終了後にチップを渡すのが習慣。スペイン語と英語のツアーのうち、午前中にツアーが組まれていたスペイン語を選択。
ガイドのサンドラさんは、地元の出身で、郷土愛も強く、その情熱がガイドにも現れ、とても満足のいくツアー内容。大聖堂の歴史や装飾の詳細から、一面草原だったサンティアゴ・デ・コンポステーラがどのように発展してきたのか、歴史の経緯も要点を抑えながら説明してくれた。
ツアー参加者のうち、巡礼旅をしたことがある人は他におらず、今回、リスボンからの道のりを達成したと紹介すると、参加者から大きな拍手が送られ、とても誇らしい気分になった。

しかし、古の時代の巡礼は、サンティアゴ・デ・コンポステーラまで辿りつくこと自体が困難な上、ここに到着することはゴールではなく、巡礼の半分を終えたに過ぎなかった。公共交通機関が発展していない時代は、同じように過酷な道のりを引き返す巡礼がまだ待っていたのだ。翌日にバスでリスボンまで戻る予定とは大違い。
現在は、大聖堂横に5つ星ホテルとして君臨している建物は、もともとは巡礼者の体のケアをする病院だったというから、正直、泣きながらなんとかサンティアゴ・デ・コンポステーラまでたどり着いたが、昔の巡礼と比較すれば、巡礼の環境がいかに整備されているか痛感させられた。
大聖堂では1日に何度かミサが開催されるため、その前は大聖堂への入場が制限されるため、そこを訪れる観光客の長蛇の列。ガイドのおススメは朝一か、夕方のミサが比較的空いていて並ばずに入場できるという。
ツアーでは、巡礼のキーとなる場所を巡るほか、地元の人たちの生活を知るための市場なども回る。その際に、昼ご飯を食べる場所にいくつか目星を付けて置く。
2時間ほどのツアーは予想以上に学びが多く、巡礼にも更なる意味付けがされたような気分になれた。
シーフードランチから友人へのお土産選び

午前11時に始まった市内観光ツアーは午後1時過ぎに終了し、丁度お昼時。ツアー中にチェックしておいたレストランでランチ。巡礼の終盤は、その日の移動を終えてから昼食を食べるのが習慣となっており、体がエネルギーを欲する状態で、食事にありついていた。
この日は、市内ツアーの間に、2時間ほど軽く街を歩いただけなので、それほどエネルギーは消費しておらず、また翌日の巡礼の準備も不要なので、ゆっくりとテラス席で昼食を味わう。

前菜のサラダ、メインのイカフライと家庭的な料理。昼からワインを呑む生活も、巡礼が終わればしばらくはお預けとなるので、最後の1杯を存分に味わう。

料理の味は可もなく不可もなくといったところだったが、デザートのキャラメルチーズケーキは、ランチメニューの締めとは思えない大きさで大満足。前述のように体はそれほど疲れてはいないが、この甘さが体に染みる。
レストランを後にしたら、友人へのお土産探し。1ケ月もの間、家に荷物を保管してもらっていたので、さすがに手ぶらで再訪問するわけにはいかない。おまけに、毎日が移動の巡礼旅で少し疲労が増し、数日間はリスボンでゆっくりしたいと思っていたら、遠慮なく家に泊まってくれていいとのことなので、尚更、お土産なしでは戻れない。
サンティアゴ・デ・コンポステーラ名物のアーモンドタルトを持って帰りたかったが、市内の中心部で売られているのは、観光客向けのお土産で、イマイチ。少し中心から離れてパン屋さんやケーキ屋さんを覗いたが、3人分の丁度いいサイズがなく…。残念ながらアーモンドタルトは断念。

ポルトガルに住む友人には、あまり物珍しいさはないのかもしれないと思い、できるだけスペインらしいものと思い、いくつかの店を巡りトゥロン(Turrón)に。ポルトガルでどれほど知られているかは不明だが、少なくともスペイン名物であることには変わりないので、いくつかの味をセレクトして購入。
せっかく選んだのが、友人の手に渡ることにならないとはこの時は予想だにもせず…。
ミサで巡礼仲間と再会!最後の打ち上げ

市内ツアーに参加した際におススメされたように、人が少なくなる夕方のミサの時間帯前にサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂の中へ。入場は無料。
信者ではないので、普段は旅行中に教会に立ち寄ってもミサに参加することはないけれど、今回はサンティアゴ巡礼を果たしたという特別な瞬間ということもあり、ミサに参加することに。
大聖堂内部への入場はすんなりできたものの、ミサ開始まで30分以上もあるのに、内部にはすでにミサのスタートを待つ人で溢れており、座れるスペースを見つけるのにも一苦労。
すると、5日間ほど一緒に歩いたスペイン人ペアと再会!互いの健闘を抱擁で称え合う。アンダルシア出身の2人は、これまでに5回ほど巡礼の旅をしたことがあるので、巡礼では大先輩。
数日間、時間を共にした際も、色々な経験を共有してくれ、素敵な時間を一緒に過ごすことができた。
ミサに参加しようと思った理由の1つがボタフメイロと呼ばれる、巨大な香炉が大聖堂内を大きな振り子のように移動し、香りが充満する儀式がみれるかもしれないという期待感からだ。
この儀式が行われるかどうかは、機密情報扱いで、直前まで限られた人にしか知らされない。年に数回、キリスト教関連の祝日のミサで実施されるほか、500ユーロ程を払えば、儀式を執り行ってもらえるという。
ミサの終盤まではこのボタフメイロが実施されるかどうかは分からず、ドキドキしながら待つも、この日の夕方ミサでは実施されず。このスペイン人のペアも、これまでの5回の巡礼のうち、このボタフメイロを見れたのは1回だけといい、そう簡単に巡り会えるものではないようだ。
儀式が見れなかったのは残念だったが、ミサの間、これまでの道のりの苦しかったこと、ここまでたどり着けないとさえ思ったことなどを思い出し、思わず涙がこぼれ出た。
ミサを終えたら、このスペイン人の別の巡礼仲間と合流して、一緒に夕食へ。

ショーケースに並んだタパスが食欲をそそるレストランはどこも満席。この手のレストランの客の回転率は遅いので、残念ながら順番が回ってきそうにもなく、そのまま近くのレストランへ。

初めて顔合わせをしたバルセロナ出身の夫婦も、これまでに何度か巡礼を行ったことがあるといい、日本人がサンティアゴ巡礼をしたことに興味津々。信仰的な意味合いは全くないが、大学生の頃に初めてサンティアゴ・デ・コンポステーラを訪れて巡礼を初めて知り、それ以来、自分のバケットリストに加えられ、長い月日を経てようやく挑戦できる環境が整ったことを説明。
ハイキング気分でスタートしたが、猛暑や足のケガ、遭難の危機など、想像以上に過酷で、道中に何度か泣いたことも告白すると、「巡礼は誰にでもそれほど簡単なことではなく、それでもあきらめずにサンティアゴまでたどり着いたからこそ、こうして巡り会うことができたんじゃない!」と言われ、思わず涙ぐんでしまった。
同時に、予想に反して辛かった巡礼を終えて、もぬけの殻状態に陥っていることを白状すると、これまではサンティアゴ・デ・コンポステーラを目指す道だったけれど、これからは自分の人生の「道」を歩む旅が続いていくと、ちょっぴり哲学的な言葉を頂く。
巡礼のように道しるべはないければ、必ずどこかにたどり着くはずだから、時には立ち止まったり、ゆっくり歩いたりしてもかまわない。けれども歩みは止めないようにしなければならないと言われ、巡礼そのもので自分の人生が劇的に変化したわけではないが、それでもこの経験が人生の糧の1つとして今後も活き続けるような気持ちにさせてくれた。

こんな素敵な巡礼仲間から、最後に日記帳として使用していたノートにメッセージをもらう。さらに、記念に持って行ってと、ペンとピンバッチのプレゼントをいただく。
巡礼の打ち上げとも言える最後の晩餐は終了。最後のお別れをして、巡礼での出会いに改めて感謝。
1カ月の道のりはバスではわずか7時間

2日間滞在したサンティアゴ・デ・コンポステーラを旅立ち、文字通り巡礼を終える瞬間を迎える。「家に帰るまでが遠足」のように、荷物を保管してもらっているリスボンの友人宅に戻るまでが巡礼。
サンティアゴ・デ・コンポステーラからリスボンまではバスを利用して移動。Omio というサイトからバスチケットを予約。サンティアゴ・デ・コンポステーラからリスボンまでは途中、ポルトでバスの乗り換えがあり。料金は54.85ユーロ(=約9,325円)。
オンラインでバスのチケットを予約したのが、出発の3,4日前だったので、もう少し早く予約すれば割安になったかもしれない。しかし、巡礼が無事に最後まで到着できるか、いつ到着できるかある程度見通せるまで、予約を控えていた。
バスの運行スケジュールは午前9時30分にサンティアゴ・デ・コンポステーラ出発、午後12時30分にポルト到着、バスを乗り換えて午後1時15分にポルト発、午後4時35分にリスボン到着。運行時間は7時間20分。
1カ月近くかけて 634km 歩いてきた道のりも、バスだと僅か7時間で移動できるのか。飛行機で数時間で移動できる距離をクルーズでゆっくりと時間をかけて目的地に向かうかのような、タイパに反する行動。時間とお金をかけて、巡礼路を歩くことができたのは改めて貴重な経験だったと感じる。

バスは2階建てで、車両もそれほど古い印象は受けず。2階の最前列の席はパノラマビューが広がる。途中、高速道路から、巡礼路が見え、そこを歩く巡礼者たちに陰ながら声援を送る。
歩いている時は一歩一歩の道のりが永遠のように果てしなく思ったのに、バスの移動では一瞬にして過ぎ去る。

バスはあっと言う間にポルトガルに入国。巡礼者とみられる乗客はそれぞれに慌ただしく、ポルトガル入国の写真を収めようと携帯を取り出す。パスポートコントロールはなく、そのまま高速道路を進んで行く。
ほぼ予定通り、ポルトに到着。乗り換えまで30分以上時間があったので、バスターミナルのカフェで軽食を頂き、待合室で携帯の充電をしたら、バス乗り場へ。出発予定時刻にホームに停車していたバスに乗ろうとチケットを提示すると、このバスではなく、次便と告げられ。しばし、ベンチで待機。これが誤算。
次のバスが来たので乗車。この時に、恐らくベンチに友人へのお土産が入った紙袋を忘れてしまう。
ポルトを出発して30分くらいした時に、手に持っていたはずの紙袋が無くなっているのに気付く。スペイン土産を持って帰れないのは残念。無駄な出費をしてしまった。ただ手ぶらで友人宅に戻るわけにはいかないので、リスボンに到着してから何かスイーツでも購入しよう。
忘れ物をしたのは、自分1人だけではなく、途中、ファティマから乗車してきたおじいさんは、チケット売り場に携帯を忘れたといい、パニック状態に。かといってバスが引き返せるわけもなく、成す術なし。
ポルトからリスボンまでは隣の席のブラジル人の乗客と、南米の時事情勢なのどの話で盛り上がり、昼寝をする時間がなくなってしまう。
1カ月ほどかけて歩いた道のりは、バスの移動ではあっという間で、ほぼ定刻通り、サンティアゴ・デ・コンポステーラから7時間40分ほどでリスボンに到着。タクシーで友人宅まで向かい、文字通り巡礼が終わりを告げた。
